射法八節の基本を習得した射手は、次なる段階として、各動作の質を極限まで高める修練に入る。ここでは、射の成否を決定づける特に重要な技術的要素、「手の内」「詰合い・伸合い」、そして「五重十文字」について深く掘り下げる。

3.1.手の内を極める
手の内は、射手の力と意志を弓に伝える唯一の接点であり、弓道技術の核心の一つである。正しい手の内ができていなければ、どれだけ体幹や背筋が強くとも、その力は正しく弓に伝わらない。
手の内の作り方
正しい手の内は、弓を「握る」のではなく、手のひらの構造を巧みに利用して弓を「支え、押す」ものである。
- まず、左手のひらにある「天紋筋」(てんもんすじ、小指の付け根から人差し指に向かって走る線)に、弓の外竹の左角を直角に当てる。
- 次に、親指と人差し指の間の水かき部分の皮、いわゆる「虎口」(とらぐち)を、弓の下から巻き込むように密着させる。
- 中指、薬指、小指の三指は、卵を軽く包むように柔らかく弓に添える。
手の内の力学
「虎口の皮を巻き込む」という動作は、力学的に極めて重要である。この動作によって虎口の皮に張力が生まれ、弓から受ける強い圧力を、筋肉の力ではなく親指の付け根の骨(角見・つのみ)と前腕の骨格で直接支えることが可能になる。これにより、手首や指の余計な力みがなくなり、弓の力をロスなく前方に伝えることができる。さらに、この構造的な支えがあるからこそ、離れの瞬間に弓が手の内で自然に回転する「弓返り」(ゆがえり)が可能となるのである。
3.2.生きた会 ― 詰合い・伸合い
「会」は、単なる静止状態ではない。それは、射のエネルギーが最高潮に達する、動的な均衡状態である。この状態を現すのが「詰合い」と「伸合い」という概念である。
- 詰合い(つめあい): 射法に従って正しく弓を引き分けた結果、体の各関節や骨格が適切な位置に定まり、弓の力が体幹部にしっかりと「詰まった」状態を指す。これは、縦線と横線が直角に交わる強固な構造が体内に形成された状態である。
- 伸合い(のびあい): 詰合いによって生まれた安定した土台の上で、体の中心から前後左右、そして上下へと、無限に力が伸び合っていく精神的・身体的な状態を指す。実際に体が動くわけではないが、内面的にはエネルギーが絶え間なく拡張し続けている。この伸合いが最高潮に達した時、作為なく自然な「離れ」が生まれる。
この感覚を掴むことは容易ではない。それは、背中の筋肉が働き続け、胸郭が大きく開かれ、力が四肢の末端まで満ちていくような感覚であると、多くの範士が語っている。
3.3.完璧な射の構造 ― 五重十文字(ごじゅうじゅうもんじ)
五重十文字とは、会において理想的な力の伝達を実現するために、身体と弓具の間に形成されるべき五つの十字(直角)の関係性を指す。
- 弓と矢:弓と矢が直角に交わっていること。
- 弓と押手の手の内:弓の握りと、弓を押す手の内の力の方向が直角であること。
- 弽の拇指と弦:弽の親指(帽子)と弦が直角に交わっていること。
- 胸の中筋と両肩を結ぶ線: 体の縦の中心線と、左右の肩を結ぶ横の線が直角であること。
- 首筋と矢:まっすぐに伸びた首筋と、矢の線が直角であること。
この五つの十文字が会において完璧に形成され、離れの瞬間まで維持されることで、射手の力は一切の無駄なく矢に伝わり、鋭く力強い矢飛びが生まれる。五重十文字は、理想的な射の幾何学的な表現であり、全ての高段者が目指す境地である。