射法八節とは、矢を発するまでの一連の動作を八つの段階(節)に分けたものである。しかし、これらは独立した八つの動作ではなく、一本の竹に八つの節があるように、全体として一つの連続した流れを形成している。ある節の不備は、必ず前後の節に影響を及ぼす。美しい射とは、この八節が水のように滑らかに、途切れることなく連動した時に生まれるものである。
1.足踏み(あしぶみ) ― 基礎
射の全ての土台となるのが足踏みである。的に対して体を正しく据え、安定した下半身を構築する動作である。
- 方法:両足を、的の中心と両足の親指の先を結ぶ直線が一直線になるように、外八文字に約60度の角度で開く。両足の間の幅は、自身の矢束が基準となるこの土台が強固でなければ、その後の全ての動作が不安定になる。
2.胴造り(どうづくり) ― 躯幹の形成
足踏みで定めた土台の上に、上半身を正しく安定させる動作である。
方法: 両足に均等に体重を乗せ、腰を据え、脊柱をまっすぐに伸ばす。左右の肩の力を抜き、全体の重心を体の中心、特に丹田(たんでん、へその下あたり)に置く意識を持つ。これにより、上半身はリラックスしつつも、不動の安定性を得ることができる。
3.弓構え(ゆがまえ) ― 準備
射の動作に入る直前の準備段階であり、「取懸け」「手の内」「物見」の三つの動作から構成される。
- 方法:取懸け(とりかけ)- 弽を着けた右手(馬手・めて)の指を弦に正しくかける。
手の内(てのうち): 弓を持つ左手(弓手・ゆんで)の握りを整える。
物見(ものみ): 顔を的に向け、視線を定める。
この三つの動作が正確に行われることで、心身ともに射への準備が整う。
4.打起し(うちおこし) ― 弓の挙上
弓構えの状態から、両拳を頭上まで静かに持ち上げる動作である。
方法: 肩に力を入れず、両腕で円を描くように柔らかく弓矢を持ち上げる。両拳の高さは額よりやや上、約45度の角度が目安であり、この時、矢は地面と水平を保つ。力任せに持ち上げると肩が上がり、次の引分け動作が窮屈になるため注意が必要である。
5.引分け(ひきわけ) ― 開弓
打起しから、弓を左右に引き分ける過程である。
方法: これは単に腕で弦を引くのではなく、体の中心から左右に大きく開いていく動作である。まず、弓を三分の一ほど押し開いた「大三」(だいさん)という重要な中間姿勢を取る。そこから腕力ではなく、背中の大きな筋肉を使い、肩甲骨を動かすことで、力強く安定した引き分けが可能となる。
6.会(かい) ― 完成
引分けが完了し、矢が放たれる直前の、心身の力が最高潮に達した状態である。
- 方法:矢が頬につき(頬付け)、弦が胸につく(胸弦)ことで、体と弓矢が一体となる。会は静止した状態ではなく、左右への無限の伸び合い(のびあい)が続く、極めて動的な状態である。
7.離れ(はなれ) ― 発射
会における心身の力が満ち溢れた結果として、自然に矢が放たれる瞬間である。
- 方法:意識的に「放す」のではなく、胸が左右に開かれることで、自然に「離れる」のが理想である。意図的な操作や力み(りきみ)をなくし、無心で矢を送り出すことが求められる。
8.残心(ざんしん) ― 余韻
矢が離れた後の姿勢と精神をそのまま保つ、射の総決算である。
- 方法: 離れの勢いをそのままに、数秒間、射放った時の姿勢を崩さずに保つ。「残身」(ざんしん)は、その射が正しかったかどうかの結果を如実に示す。美しい残心は、正しい射の証である。「残心」(ざんしん)は、放った矢の行方を見届け、その一射を静かに反省する心を示す。
射法八節は、単に覚えるべき手順ではない。上達するにつれて、それは自己の射を分析するための診断ツールとなる。例えば、「離れ」に問題がある場合、その原因は「離れ」そのものにあるとは限らない。多くの場合、「会」での伸び合いの不足や、「引分け」での不適切な力の使い方、さらには「胴造り」の不安定さにまで遡ることができる。このように、一つの欠点を修正するためには、八節の流れを逆方向に辿り、その根本原因を探求する分析的な視点が不可欠となる。射手は、射法八節を遂行するだけでなく、自身の射を八節のレンズを通して「読む」能力を養わなければならない。
